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リチャード・マシスン『ある日どこかで』 [本]

映画でも小説でもSFのなかで特に好きなジャンルは、サイボーグものとタイムトラベル(タイムスリップ)もので、壮大なスペースオペラなどはさほど好まない(嫌いではないが...)。
特にタイムトラベルものは、幼少の頃から米テレビドラマ『タイムトンネル(The Time Tunnel)』 (1966-67)にハマっていた。公園のタイヤの遊具などをくぐり抜けながらタイムトンネルごっこして遊んでいた記憶がある。 

もちろん、最近ではTBSドラマ『JIN-仁-』も欠かさずに観ていた。
変ったところでは、コミックはあまり読まないが『テルマエ・ロマエ』(THERMAE ROMAE)3巻を持っている。

タイムトラベルもののSFは小学生の頃に古典ともいうべきH.G.ウェルズ『タイムマシン』を読んだ。中学生の頃は堂々とポルノ小説など手にすることができなかったのでエッチ描写読みたさにロバート・シルヴァーバーグ『時間線を遡って』も読んだ。
大学生になって観念的なタイムトリップものとしてはコリン・ウィルソン『賢者の石』にハマった。

映画では、ポップな『バック・トゥ・ザ・フューチャー(Back to the Future)』三部作(1985年、1989年、1990年)は楽しんだし、いかにもB級作品であるがジャン=クロード・ヴァン・ダム主演のSFアクション『タイムコップ(Timecop)』(1994年、米)も面白かった。最近ではデンゼル・ワシントン主演『デジャヴ(Déjà Vu)』(2006年)が面白かった。

タイムトラベル(タイムスリップ)に切ない恋愛が絡んだファンタジー作品として好きなのが、リンゼイ・ワグナーがヒロインを務めたTV映画『過去へ旅した女 (The Two Worlds of Jenny Logan)』(1979年)とともに、クリストファー・リーヴ主演の『ある日どこかで(Somewhere in Time )』(1980年)である。

映画『ある日どこかで』はずいぶん昔にテレビで観たきりで、ええ映画やったなぁ~という曖昧な感想しか残っていなかったが、梅田の旭屋書店の文庫コーナーで原作本『ある日どこかで(Somewhere in Time )』(リチャード・マシスン作・尾之上浩司訳・創元推理文庫)を見つけて買ってあった。
長いこと本棚で眠らせていた本であるが、1ヶ月前に村上春樹本の読後に何となく手にとって読み始めた。

ある日どこかで.jpg
リチャード・マシスン作『ある日どこかで』(創元推理文庫)

『ある日どこかで』はタイムマシンなどSF的な道具立ては登場しない。かといって『賢者の石』のように観念的なトリップではなく、あくまでも念力というか強い自己暗示によって主人公の脚本家リチャード・コリアがリアルに1971年現在から1896年(映画版では1980年から1912年)にタイムトラベルするのである。
リチャードはあるホテルのホールの壁に飾られていたいにしえの舞台女優エリーズ・マッケナのポートレイトに運命的なものを感じて一目惚れした。彼女のことを調べていくうちに、過去に自分が彼女に会って彼女の人生に影響を与えていた形跡を見つける。そして彼女と会うために過去に遡ろうと試みる。
見ようによっては、過去の美人女優のもとにタイムトラベルしてまで押しかけて行き、周囲の妨害を他所にストーカー行為を続けて、やがてモノにする...というお話である。

映画版では作者リチャード・マシスン自身が脚本を担当しており、音楽や小道具などの伏線もすっきりとハマってわかりやすいロマンティックなラブロマンスにまとまっている。

原作は映画に比べると冗長でまとまりに欠ける印象であった。
タイムトラベルできるまでの経緯が長いし、主人公が彼女に出会ってからもふがいなくオタオタしている様子が事細かに描かれ過ぎている。
よくまとまった映画版を知っているだけに、彼女と結ばれるようになるまでがじれったく少々イライラしながら読んでいた。
逆に小説ならではの楽しみで、何日もかけて読みながら甘美な・幸福な気分に浸っていられた。

映画版では、1912年当時にまだ作曲されていなかったラフマニノフのラプソディ(『ピアノとオーケストラのための《パガニーニの主題による狂詩曲》』(1934年))の第18変奏:Andante cantabileの甘美なメロディをリチャードがエリーズに口ずさむシーンが鍵になっており、映画のテーマ曲としても効果的である(もっともラプソディを通して聴けば、パガニーニのヴァイオリン独奏曲『24のカプリス』第24曲をもとにした変奏曲で、諧謔(かいぎゃく)的な曲調で甘美というよりは辛口の曲なのだけど...)。

小説版では、リチャードの好きな作曲家がマーラーで、とくに交響曲第9番(1908年)の第4楽章 Adagioが引用されている。エリーゼはリチャードの影響で1896年当時のアメリカであまり一般的とはいえなかったマーラーを好むようになったというだけで、音楽は大きな鍵にはなっていない。

ちなみに小品というべき映画でマーラーを使うのはあまりにたいそうだったので、作曲のジョン・バリーがより親しみやすいラフマニノフのラプソディーを提案したそうである。
たしかにマーラーの交響曲第9番 Adagioは美しい曲ではあるが深淵な音楽なので、ラブロマンスには不向きである。ラフマニノフの甘美なメロディーがあってこそ成功した作品だと思う。


映画『ある日どこかで』 予告編(メインテーマ作曲:ジョン・バリー)


ラフマニノフ『パガニーニの主題による狂詩曲』より第18変奏:Andante cantabile


マーラー:交響曲第9番 第4楽章 Adagio 
バーンスタイン指揮 ウィーン・フィル

 

 

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ジョルジュ・ムスタキ 「私の孤独」 [ポップス]

盆休み直前の水戸出張の晩に駅ビルのCDショップ「新星堂」で暇つぶししていたが、クラシックもジャズも品揃えがしけていて、そそられるCDがなかった。
ふとワールドミュージックの棚のシャンソンコーナーを見ると、ジョルジュ・ムスタキのベスト盤「私の孤独」があったので買った。

ボクはムスタキのファンでもフレンチポップス愛好家でもないが、ムスタキの「私の孤独」(Ma Solitude)だけは子どもの頃から心に焼きついた曲であった。

中学生の頃、TBSで「バラ色の人生」というドラマが放映されていて、その主題歌がムスタキの「私の孤独」であった。
ドラマのほうは、貧乏学生(寺尾聰)のアパートの一室に、ある日突然、謎のセレブ美女(香山美子)が押しかけてきて同棲生活を始める...といったエロい妄想を抱かせるようなシュチエーションに、中学生のボクはのめり込んで観ていた。
主題歌のほうは、ムスタキの流れるようなメロディのなかで淡々と語られるような歌で主人公の貧乏学生の心情を反映したような印象であった。この曲は当時はラジオのリクエスト番組などでよく流されていた。

ボクはこの曲に、レコードを買ったり、カセットにエアチェックするまでにはハマっていなかったが、心地よく、未だに頭から離れないメロディである。
あれから何十年も経って、なぜかつい最近、この曲やドラマのことを思い出して、インターネットで調べてみた。

主演の寺尾聰で調べているうちに、このドラマのタイトルがわかって、ドラマデータベースのサイトで詳細にたどり着くことができた(同じタイトルの韓国ドラマばかりヒットしたが...)。
主題歌はフランスの「ジョルジュ・ムスタキ」という歌手名だけは記憶していたので、YouTubeで「私の孤独」を観聴きすることができた。

 

フランス語の語感が美しいと思う以上に言葉の意味はわからないが、訳詞などを読むと、終始一貫「私はひとりぼっちではない、『私の孤独』と一緒だから」といった矛盾した内容で歌われている。
とても寂しい歌詞であるが、妙に開き直ったような明るさもある。

YouTubeで日本人シャンソン歌手の日本語の歌を聴いていると思わず涙が出てきた。

 

あくまでも曲想としては、大げさな「シャンソン」風の歌唱よりもフォーク調のムスタキの流れるような歌が好ましい。

ジョルジュ・ムスタキ(1934- )はエジプト生まれのギリシャ人でパリに渡って活躍したシンガーソングライターである。
1950年代からエディット・ピアフらに曲を書き、やがて自らも歌うようになったといわれる。人種差別、民主化、労働運動などを背景とした社会的なメッセージ性のある歌も歌っていたようである。

992.jpg
私の孤独~ベスト・オブ・ジョルジュ・ムスタキ

  1. 私の孤独
  2. 生きる時代
  3. ジョルジュの友達
  4. 幼年時代
  5. 傷心
  6. おじいさん
  7. 17歳
  8. もう遅すぎる
  9. 悲しみの庭
  10. 異国の人
  11. 若い郵便屋
  12. サラ
  13. ヒロシマ
  14. 僕の自由
  15. ポルトガル
  16. 内海にて
  17. 希望

ベスト盤のなかでもなんといっても「私の孤独」が秀逸だと思う。「異国の人」はフランスで大ヒットした歌らしい。全体的に60-70年代風のフレンチポップスをフォーク調にシンプルにした感じで、ボサノヴァ風の曲も多い。アレンジなどから何となくジャニス・イアンにも通じるような曲調に思えた。

 

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プレコが仲間入り [熱帯魚・金魚]

今日は午後から妻とホームセンター「コーナン」とスーパー「ハズイ」に買い物に行った。

先週、ホームセンター「ディオワールド」のペットコーナーでプレコが売っていなかったので、コーナンでプレコがあれば買いたい(飼いたい)と思って行った。
コーナンの水槽には、中国プレコ、プレコストムス(ふつうのプレコ)、セルフィンプレコの3種類があった。いちばん高かったが体長4センチほどのセルフィンプレコ2匹を選んだ。

その後、ハズイで食材を買って帰った。

自宅に帰るなり、バケツの中で店の飼育水とウチの水槽水を混ぜて、プレコの水慣らしをした。
2時間ほど経ってから、プレコ2匹をグッピーの水槽に移した。

最初は茶色かったプレコであるが、黒い流木に停まったほうは黒っぽく、明るい砂利に停まったほうは白っぽく変色した。


今年初めに8年ほど飼った最古参のプレコを死なしてから、春先に一度プレコの飼育を試みたが2週間ほどで死なしてしまった。
そのときはエサのペレットに餌付けができなくて餓死したみたいだった。

今度はバケツのなかでペレットをやると2匹とも吸い付いていたので安心した。

なんとか末永く飼っていければと思う。

バケツのプレコ.jpg
バケツのなかのプレコ

水槽のプレコ.jpg
グッピー水槽に移したプレコ

 

金魚.jpg
ついでに金魚水槽の金魚

 


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映画「トランスフォーマー/ダークサイド・ムーン」 [映画]

今日8月1日は「映画の日」。たまたまゴールディンウィークの休日出勤分の振り替え休日を申請していたので、家族3人で映画を観に行くことにした。

3人で入場料3000円で安く観られた(でもポップコーンと飲物はけっこう高かった)。

数日前から何の映画を観に行こうかと妻と話していて、夏休みはどうしても子供向けやファミリー向け映画が多いなかで、ウチの妻はまるで男の子趣味で「トランスフォーマー」が観たいというので、「トランスフォーマー/ダークサイド・ムーン」にした。

息子もつい最近TV放映された「トランスフォーマー」の第1作、第2作ともハマっていた。 ウチの家族で観に行くには無難な選択だったと思う。

ボクも最近は感性が老化というか鈍化しているようで、シリアスな作品は昔ほど受け付けなくなっているので、「トランスフォーマー」はちょっと長くはあったが何にも考えないで楽しめてよかった。

残念なのはヒロインの女優さんがいかにもモデル上りって感じだったが、あまりそそられるタイプでなかった。今回の第3作では、第1作、第2作の野性味のあった女優さんが降板して代わっていたが、前の女優さんのほうがまだよかったと思う。オジサンにとってアクション娯楽映画にもヒロインの魅力が大きなウエイトを占めているのだ。

妻は主人公の青年サムが相棒のロボット生命体バンブルビーを命懸けで助けに行こうとするシーンに感動して涙を流していた。ボクはそこまでロボット生命体に感情移入できないなぁ~と思った。

それにしてもメカがガチャガチャぶつかり合う戦闘シーンは、幼年時代に玩具をぶつけ合って遊んでいた感覚を呼び醒まされる。

「トランスフォーマー/ダークサイド・ムーン」予告編

 

「トランスフォーマー/ダークサイド・ムーン」予告編

 

同じ映画でも予告編の作り方で、シリアスSFだったり、ポップなアクションSFだったり、印象が違ってくるものだ。 


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